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【社会】 “酒鬼薔薇さん、社会生活できると確信” 教官らが「赤ちゃん」から育て直す…神戸児童殺傷から10年
- 1 :☆ばぐた☆ ◆JSGFLSFOXQ @☆ばぐ太☆φ ★:2007/05/23(水) 14:32:59 ID:???0
- ・神戸市須磨区で土師淳君(当時11)が殺害されて、24日で10年。14歳の少年が、
小学生2人を殺害、3人を負傷させた事件は、少年事件への社会の見方と制度を大きく
変えた。少年院の内部資料に基づき、その処遇の過程をたどった。
03年の秋、東京都府中市の関東医療少年院の講堂。その男性は汗だくになってバレー
ボールを追いかけ、仲間に大声で呼びかけていた。
見守っていた関係者の胸に、男性が一般社会で生活できるとの確信とともに、「罪と向き合う
ということは、むしろこれから始まるのだ」との思いもわきあがった。
97年に殺人容疑などで逮捕された男性は同年10月、同少年院に入った。
その直前、法務省は特別な生活訓練課程「G3」を考案し、男性に初めて適用した。医師や
教官らが「家族」を演じて男性を「赤ちゃん」から育て直すものだ。
資料には、04年3月の仮退院まで6年5カ月間の状況が、7段階に分けて記録されている。
「緊張期」とされた入院直後の約7カ月間。「世の中は弱肉強食。自分が年下の子を殺しても、
大人が自分を死刑にすればつじつまは合う」と言い切り、「生きることを強いる大人は嫌いだ」と
裁判関係者や肉親の面会を拒んだ。
入院から約2年たった99年の夏。男性は「危機期」にあった。「自分が壊れていく」と訴えた。
8月下旬ごろには落ち着き、「気持ちをはき出したい」と内面を話すようになった。母親役の
女性医師を「僕にとって理想の母」と言い始めた。
ある日、別の少年に突然つばをかけられた。「これが世間一般の考え方だと思う。人が人を
殺すなんて悲しみしか生まない」と文章に書いた。
99年10月、「再構築期」に入った。表情にはりが生まれる一方、自らの攻撃性に悩み、
将来への強い不安や孤独感をのぞかせた。
贖罪教育が始まったのはこの時期。服喪を日課とさせた。動揺したり、涙を流したりすることも
あったが、遺族が出版した本も繰り返し読んだ。両親の面会も受け入れた。カメラで監視される
ことなど特別扱いへの不満も強く訴え出した。(>>2-10につづく)
http://www.asahi.com/national/update/0523/TKY200705220442.html
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もしかして、ない?
read.cgi ver 05.0.7.8 2008/09/25 アクチョン仮面 ★
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